忍者ブログ
のんびりと、何かあったら書こうかな。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

のりのりが。
『美しいこと』の講談社文庫版を貸してくれたので読み直しました。
ひとえに、「初めての時に酷く痛い思いをしたから」という松岡に、「誰がそんなことを!」と憤慨する廣末を、誰もが蹴り殺してやろうと思ったあのシーンをもう一度体験するために読み進みましたが、その前に終わってました。
また読みたくなっちゃったじゃんよ。
ちゃんと、全部は入ってないよ~って聞いてたけどね。
それでもね。

んで、何を考えたかって、当て馬の在り方?について。
私の認識では当て馬っていうのはさ、Aに片思いをしているBがいて、Bに言い寄るCがいて、そのCがいるおかげでAがやきもち焼いて自分の気持ちに気付く、とか、そんなCの立場のことだったんですけど。
『美しいこと』でも葉山チャンという、誰かさんと同じ苗字の松岡の同僚の女の子が、二人の再開・復縁のために大活躍してくれちゃうわけですけど、葉山チャンはAの立場である廣末を好きになるのでちょっと違う?
それで考えてみたらベストオブ当て馬君の相楽さんもね。どっちかっていうとアラタさんはAの立場だと思うのでちょっと違うのではないかと。
うん、まぁ結構どうでもいいことだよね。
でも考えちゃったんだよね。
PR
最近とても久しぶりに本を読んでいます。
読もうと思って読んでいる本は置いといて、うっかりパルが読んでいた携帯小説が目に入って、読み始めてしまいました。

うん。まぁね。

登場人物が主人公以下全員イケメンと美少女なのは許そう。
そんなのが好きなお年頃だものね(BLだってそんなもんだし)。
夢見る乙女の逆ハーレムな設定も結構だ。
主人公が二人のどっちとくっつくかはっきりさせずに仲良しグループで終わるのも全然かまわない。
3巻から読んだけど、全く問題ない内容はむしろありがたかった。

でもね!でもでも!

これは後でドロドロ展開間違いなし!とワクワク期待膨らむ伏線を放りっぱなしってぇのはどうゆう了見だい!?
読んでて残りのページ数を見ながら、これ絶対足りないよね・・・と不安になってたんですが。
お願いだから伏線だけはきちんと回収してください。
しばらく前から日高ショーコさんの『花は咲くか』の二巻を買いたくて買えてなかったんですが、買いました。

広いフロアの奥まで突き進み、探すことなく目指すものを手にしてレジへとずんずん戻り、カバーをお願いして現物をもらうと、最高にさわやかな笑顔(自称=勘違い)で「ありがとう」と言ってしまった。

だってもう、嬉しくて嬉しくて。

BL買って満面の笑みでお礼を言う客ってどうだろう。
店員さんに変に思われていませんように。
ま、思われてても大勢に影響ないな。

そして子供たちが起きている間はポリの借りてきた『ぬらりひ○んの孫』を読んで気を紛らわし、パパが帰ってくるまでのわずかな時間で楽しんでいるわけですが。

どうしよう。
気を抜くと触っちゃうとか、37の大人がどうなのよ。
37って、Bじゃないのか・・・(ショーコさん談)。
立派なビジネスマンだからBでもいんでないの。・・・くだらない。
19の蓉一はboyなのか?それも私の感覚ではちょっと無理があるし。
何より私はboyよりビジネスマンのほうが好みなので桜井さんはまるっきり許容範囲。
素敵だ。
いい大人が子供(蓉一は実年齢よりずっと子供だ)に翻弄される様は見ものだし。

出てくるのは見事に男ばかりで、あまり笑わない人たちばかりなんだけど、口角を上げずに笑ってる表情を描き出すあたり、ショーコさんてやっぱりすごいなーとか思うのです。

そして、一巻を読んだとき桜井さんが蓉一を「ヨウちゃん」と呼ぶようになったら一人勝手にほくそ笑んでやろうと思ったのに、やっぱりだめだった。
菖太が呼んでるだけで我慢してやろう(←何様)。

この話冷静に見るとつまらんBLの要素が満載なんだけど(おい)、特にツボを突かれているわけでもないんだけど、全体の雰囲気とか絵の美しさとか、なんか騙されてる様なところが判っててそれが気持ち良いとか。
何言ってるのか判らなくなってきた。

まぁ結論として、当て馬は必要なんだな。ってことで。
久しぶりに、読んだ本の話を。


『ナチュラル・ウーマン』 松浦理英子さん

何年かぶりの映画化の記事を読んで、たまには女性の同性愛も読んでみるかと手にとってみました。
なんかいつもと(男と)違って、生々しい・・・。
すごくリアルに想像できちゃって痛かった。
精神的にもだけど、暴力的なところもあるからそっちも痛い。
BLはある意味御伽噺だったり夢物語だったりするけど、これはものすごく現実的で、普段のうのうと生活している私なんかにはちょっと悲しいお話でした。
どうしてこうなっちゃうんだろう?

子供の遊びのように戯れたり、「ちょっと性器を提供してきただけ」と言う台詞にはやはり馴染めないものがあるけれど、逆に「澄んだ池の後方に構える仄暗い沼」なんて表現には一種感動を覚えたり。
BL読んでてこの表現はありえないもんね。
だって男に「澄んだ池」はないから(爆)


なんだか昔、中学生の頃、「見るならバラよりユリだよね!」とか言ってたのを思い出してしまいました。
だって、絶対女の方が綺麗だと思うから。
と言うより、男二人なんてむさくるし・・・ぅおっほん!
映画なんかだと綺麗にまとめちゃってますけどね。
その筋の映像とか、私には見られないと思うなぁ。

そんななんで、女性の同性愛モノで御伽噺だったり夢物語だったりする本も読んでみたいなぁとか、ちょっと思わないでもない連休最終日なのでした。
久しぶりにBLの感想でも。


『裸足の夏』 菅野 彰さん

結構前の本なんですね。12年前?
3本入ってて、最初が『裸足の夏』。
坊ちゃんのりゅういち(すんません、字が出せなかった)と、使用人の篤のお話で、昭和初期?篤は戦争に行っちゃったりします。
戦争に行く数日前、りゅういちは酔っ払った父親に亡き母親と間違えられて襲われて、篤に助けられます。
篤はりゅういちへの思いを隠したまま戦場に行くつもりだったけど、りゅういちに縋りつかれてたまらずキスをして、「これで判ったろう、お前の側には居られない」ってなことを言うわけです。
りゅういちは自分の思いを恋と認識していた訳ではないけれど、とにかく篤に行って欲しくなくて「お前なら嫌じゃない」と。
篤は「ばかやろー」とか思いながらもう我慢できなくてガバブチューな展開になります。

これがねぇ。
やっぱりBLってこの、秘めた想いとか、相手のことを思って身を引くとか、大事だからこそ想いを告げられもせずましてや手なんか絶対出せないとか、そういう葛藤が大好きなんですよ。
言えないからこそ想いばかりが膨らんでゆく、そんな辛い心がジンときます。

篤は戦争から帰ってきたら、「こんな汚れた手でお前には触れられない」とかってりゅういちを避けるし。
相手のことばかりを考えて、でもほんとはりゅういちは篤が窮屈な家から連れ出してくれるのを待ってるんだから、二人の思いはすれ違ってるなんてところもグー。

あとがき読んだらこれは思い切りメロドラマを書こうとした物なんだそうです。
そうか、メロドラマか。
私はメロドラマが好きなんだな。

と言うわけで、メロメロでぷんぷん匂っちゃう様なくっさーいお話を書きたいと思います!
再開したひまかれをどうぞよろしく!(笑)
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
[04/07 ようらん]
[04/07 ようらん]
[03/31 ちょこ]
[03/30 まきまき♪]
[03/15 ようらん]
プロフィール
HN:
ようらん
性別:
女性
職業:
主婦
ブログ内検索
忍者ブログ * [PR]